29歳、海外を旅するフリーランスデザイナーになるまで Vol.3

前回は僕がスウェーデン人コミュニティにどっぷり溶け込むまでをお話ししました。

そこで出会ったイタリア人 Davideとの出会いと、Go! Go! Nihonの専属デザイナーになるまでの話を今回はしたいと思います。

Davideとはその後、公私共にめちゃくちゃ仲良くなります。僕のone of the best friendsです!

Go! Go! Nihonのインターナショナルパーティに初参加

YCNで出会ったDavideに誘われ、僕は友達を引き連れ高田馬場にあるHUB PUBのインターナショナルパーティに参加しました。

Davideとスウェーデン人のJohnは、自分たちが日本に留学に来た際に感じた、ビザ取得の難しさを解消すべく、その行程をサポートするサービスを考えました。それがGo! Go! Nihonです。今では韓国、スペインにも会社があり、東京にもオフィスが2つありますが、当初は西早稲田の片隅にある小さなアパートの一室のオフィスでした。

さて、Go! Go! Nihonのインターナショナルパーティの雰囲気はというと、イタリア人とスウェーデン人が始めたサービスのため、会場は全体的にイタリア人とスウェーデン人の比率が多く、彼らは日本で勉強したい外国人をメインにサービスしていたため、年齢層が同年代か少し下ぐらいの人たちが多い感じでした。

また、HUB PUBにはハッピーアワーという6時前であればカクテルなどが半額というサービスをやっていたので、まだ若い自分たちにとっては本当にリーズナブルな環境だったのです。そしてすぐに僕らはこのイベントの一員として溶け込みました。

もともと人を繋げるのが好きなのと、フリーランスでやって行くために人脈作りをしていた僕は、外国に興味がありそうな友達や、外国語を勉強している日本人なども誘い、毎週木曜日は100人ぐらいの人で大盛況でした。

また、当時僕は自分でも何かあればパーティをするのが趣味みたいになっていたので、BBQやクリスマスパーティなど、30ー50人ぐらいを集めてよく遊んでいました。ここでの繋がりがデザインの仕事にも繋がったり、また自分への刺激にもなったりするので、遊んで、勉強して、仕事に繋げてるというすごくいい感じのサイクルをつくっていましたw。

このようにどんどんイベントをやり、Go! Go! Nihonにも日本人を紹介していったところ、Davide から共同で何かイベントやろうという話になり、秋葉原の大型イベントスペースを借り、僕とGo! Go! Nihonでインターナショナルイベントを定期的に開催しました。これも毎回150人ぐらい集めていたので大盛況だったと思います。

Go! Go! Nihonのイベント担当として正式に所属

そんなある日、Davideに日暮里のインドカレー屋に呼ばれます。

正式にイベント担当としてGo! Go! Nihonに所属しないかという依頼でした。当時の僕は英語を全然喋れなかったのですが、(本当にダサいのですが、喋れる風のオーラは頑張って出してたw)人間力というか、友達多いというだけでイベント担当として週に2、3日Go!Go!Nihonで働くことになりました。ここで、またデザインとは別の、ちょっとした安定した収入が入ってくるようになったわけです。

補足として、フリーランス デザイナーとして僕がいつも肝に命じているのが、みんなと同じ方向に行かないということです。秋元康さんも前に何かの本で言っていましたが、みんなが行く方向にはもう何も残っていないと。誰も行かないところにこそ、まだ誰も手のつけていないおいしい果実が山のように残っているんだと言っていました。

僕もそれは本当にその通りだなと思っていて、美大生の頃から、みんながデザイン会社にインターンに行く中、お笑いの事務所などの全く別の業界に自分の作品を持ち込みアピールしていました。同じ強豪がひしめく中にわざわざ出向き、誰かの下で下積みするよりも、自分と同じような人のいないところへ出向きアピールした方がすぐに仕事になるだろうと思ったからです。

そして、イベント担当としてGo!Go!Nihonに入った僕ですが、そこで会社のパンフレットやフライヤー、新規プログラムのアイコンなどを作り、自分のデザイナーとしての能力もアピールしました。当時アメリカ人2人、イタリア人2人、スウェーデン人2人、日本人2人ぐらいの規模の会社だったため、会社の中にはデザイナーを雇うようなレベルまではいっていませんでした。そこを僕は穴場だと思ったのです。また、正直、ヨーロッパの人間はデザインに関してものすごくうるさいというか、見る目あります。北欧、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、それぞれ雰囲気は異なりますが、デザインに関してはかなり目が超えています。そんな彼らを自分のデザインの能力で認めさせたかった自分がいました。

結果、僕が作ったものにDavideはじめ、Johnもものすごく喜んでくれ、英語が喋れないということで、うまくやっていけるか不安だったのですが、その不安も吹き飛ぶぐらいwelcomeされました。

もちろん、英語を喋れる方が絶対にいいのですが、何か別の能力もめちゃくちゃ大事ってことですね。

そこから、かれこれもう4年ほどGo!Go!Nihonの専属デザイナーとして、カナダにいる今も働いています。今では会社もかなり大きくなってきているため、同僚はアメリカ人、カナダ人、オーストラリア人、イタリア人、スウェーデン人、スペイン人、ドイツ人、フランス人、メキシコ人、インドネシア人、日本人、韓国人といった感じです。当初、僕が世界中の人と働いてみたいという夢が叶いつつあります。

次回は、Go! Go! Nihon というインターナショナルな会社で働き始めて感じた、日本文化との違いを話していければと思います。

おいっす!!!!

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