灼熱のキューバ編1(入国)

2017年、9月 初めてのキューバへ

カナダ生活も残り4ヶ月をきり、南米やカリブ諸国に近いというアクセスの良さを利用して、9月にハウスメイトのRioとキューバ・ドミニカ行きを決意!

トロント ピアソン空港にて

人生初めての社会主義国家、そしてカリブの島ということでキューバで起きた革命というものがどういうものだったのかをかなり念入りに調べて行った。

以下、キューバに行く前に見ておくとキューバで起きた革命、そしてキューバ危機というものがなんだったのかがよくわかる動画です!

ぜひ参考にして見てください!

超フレンドリーなAir Canadaのフライトアテンダント

キューバ行きの飛行機の中で、フライトアテンダントが僕のTシャツのプリントに目がいったらしく話しかけて来た。

トロントで8月に行われたレゲエフェスで購入したダンスホール・レゲエのアーティスト名が書かれているTシャツ。

彼女もダンスホール・レゲエのファンらしく、かなり音楽の話で盛り上がったw

彼女は通路にずっとたちっぱで、15分ぐらいは話し込んだだろう。

やっぱり日本とこういうところは全然違うねw

色々な国を周ってて思うのは、やっぱり音楽やデザインなどは人の距離を縮めるツールとして本当に素晴らしい。

それだけで芸術が存在する意味はあると思う。

彼女もカリブ出身のカナダ人らしく、南米旅行やカリブ海の旅行に関してかなりアドバイスをくれた。

日本でも横浜レゲエ祭などがあることも知っており、全く人種の違う人たちがカリブの音楽を好きでいてくれることを喜んでいた。

旅の始まりとしては最高!

さて、トロントからのフライトも無事に終わり、チェックアウト。

事前に調べていた感じだと、宿泊先や保険のことを聞かれるようだったが、特にそれもなく無事に入国完了!空港は本当にオンボロな感じだった。

日本人の男の子を見つけ、ハバナ市内までタクシーをシェアしようと持ちかけ、25CUC(1CUC=$1)でお互いのホテルまで連れて行ってもらえるようになった。

(普通は20CUCで市内までいけるが、深夜帯だと30CUCとかふっかけてくるやつもいるので注意)

あまり、貧しい国を旅行したことのないRioは交渉のやりとりでかなり不安そうになっていたが、インドとかに比べれば特に怪しい感じもないのと、町も明かりが少ないだけで特にスラム街のような場所も見当たらない。

むしろクラシックカーがそこら中に走っており、タクシーの兄ちゃんがかけているレゲトンが「ウェルカムトゥー・キューバ!」と迎えてくれているようで、助手席の俺はノリノリだった。

それに気をよくしたのか、タクシーの兄ちゃんは他のタクシーとレースを開始。

カリブの熱い夜の街で、たくさんのクラシックカーを流星のごとく追い越し、僕らはホテルへ向かって行った。

夜のマレコン通りへ

ホテルに着いたのはすでに深夜の12時を過ぎていた。

興奮冷めやらぬRioと僕はホテルの近くにあるマレコン通りへ。

海に面したその大通りには週末ということもあってか大勢のキューバ人が真っ黒な太平洋を背に、酒を飲んだり談笑したりしていた。

海は本当に真っ暗で、果たして自分たちが地球上のどこにきたのかわからないほど。

ただ、空は果てしなく広く、太平洋側から僕らがいる街へ向かってくる入道雲だけがはっきりとわかり、その昔、ヨーロッパから新大陸を求めてやってきた人たちはこんなくらい海を航海していたのかと思うと、ただただ畏敬の念を抱いた。

追記:

明日からの旅に期待を膨らませながらRioと色々と話していると向こうから2人組の女性がやってきた。

歳も若く、きれいめな金髪のラテン系の女性と、スルメを擬人化させたようなしわくちゃなババアだ。

Rioの隣にはその金髪の女性が、僕の隣にはスルメババアが座り、マッサージはどうかと話しかけてきた。

Rioは顔立ちもよく、優しそうな好青年、僕はその真裏のタイプだから多少の不公平がそこにあるのはわかる。

しかし、社会主義だからみんな平等なものが与えられてもいいはずだ。

すごく不平等だなと思い、丁重にお断りしホテルに帰った。

そして僕らは眠りについた。

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